量子コンピュータは暗号解読の切り札？ それとも… 8ビットマシン、そろばん、そして犬の方が「マシ」との辛辣な指摘
2025年7月17日、テクノロジーニュースサイト「The Register」が、量子コンピュータによる暗号解読の現実について、非常に辛辣な見解を記した記事「Quantum code breaking? You’d get further with an 8-bit computer, an abacus, and a dog（量子暗号解読？ 8ビットコンピュータ、そろばん、そして犬の方が「マシ」だ）」を公開しました。この記事は、量子コンピュータがもたらす未来への期待と、現状の技術的課題とのギャップを浮き彫りにしています。
記事の主張：現状の量子コンピュータは「実用的」ではない
この記事の核心的な主張は、現在開発されている量子コンピュータは、私たちが一般的に想像するような「量子コンピュータで現在の強力な暗号が瞬時に破られる」といったSFの世界とは程遠い、というものです。筆者は、量子コンピュータが数学的な理論上は特定の種類の計算（例えば素因数分解）を指数関数的に高速化できる可能性を秘めていることを認めつつも、現実のハードウェアにはまだ克服すべき多くの課題があると指摘しています。
具体的には、以下のような点が挙げられています。
- エラー訂正の難しさ: 量子コンピュータは非常にデリケートで、外部からのノイズに弱く、計算中にエラーが発生しやすいという性質があります。このエラーを効果的に訂正する技術はまだ発展途上であり、実用的な計算を行うためには、膨大な数の物理的な量子ビット（キュービット）が必要になるとされています。
- 量子ビットの数と質: 現在の量子コンピュータが搭載できる量子ビットの数は限られており、さらにそれらの量子ビットの「質」、つまり安定性や相互接続性も十分ではありません。記事では、現在の量子コンピュータで「実用的な」暗号解読に必要な規模の計算を行うには、想像を絶するほど多くの、かつ高品質な量子ビットが必要になると示唆しています。
- アルゴリズムの限界: 量子コンピュータが暗号解読に有効とされる代表的なアルゴリズム（ショアのアルゴリズムなど）は、特定の数学的問題に特化しています。しかし、実際の暗号システムは、これらのアルゴリズムが直接的に攻撃できないような工夫が凝らされている場合もあります。
これらの課題を前に、筆者は「8ビットコンピュータ、そろばん、そして犬」という、極端に性能の低い計算手段を例に挙げ、「それらを使っても、現在の暗号を破るための努力の方向性としては、現在の量子コンピュータで暗号解読を試みるよりも、ある意味では（あるいは、全く異なる意味で）有益かもしれない」と皮肉っています。これは、量子コンピュータが暗号解読の「切り札」になるという過度な期待に対して、現実を突きつけるための強いメッセージと言えるでしょう。
関連情報：量子コンピュータと暗号解読を巡る現状
この記事は、量子コンピュータと暗号解読を取り巻く現在の状況を理解する上で、いくつかの重要な文脈を含んでいます。
- 「ポスト量子暗号」への移行: 量子コンピュータが将来的にRSA暗号のような公開鍵暗号を破る可能性が指摘されているため、現在、世界中の研究機関や標準化団体が、量子コンピュータでも解読が困難とされる「ポスト量子暗号（PQC）」と呼ばれる新しい暗号方式の研究開発を進めています。NIST（米国国立標準技術研究所）などが中心となり、標準化が進められています。
- 量子コンピュータの「得意分野」: 量子コンピュータは、暗号解読だけでなく、新素材開発、創薬、金融モデリング、機械学習など、様々な分野での応用が期待されています。しかし、それらは量子コンピュータの特性を活かせる特定の計算問題に限られます。
- 「量子超越性」と「実用性」の区別: 最近、「量子超越性」と呼ばれる、古典コンピュータでは事実上不可能な計算を量子コンピュータが実現したというニュースもあります。しかし、これはあくまで特定のベンチマーク問題における「超越性」であり、直ちに実社会の課題解決、特に現在の暗号解読のような複雑なタスクをこなせるレベルとは異なります。
まとめ
「The Register」の記事は、量子コンピュータの可能性を否定するものではありません。むしろ、その真のポテンシャルと、それを実用化するための道のりが非常に険しいことを、ユーモアを交えつつも率直に伝えています。暗号解読という文脈で量子コンピュータが「脅威」となるまでには、まだ多くの技術的ブレークスルーが必要であり、現状では過度な心配をする必要はない、というのが記事のニュアンスでしょう。
しかし、将来的なリスクに備えるために、ポスト量子暗号への移行といった準備は着実に進める必要があります。この「辛辣な」記事は、私たちに量子コンピュータの現実を冷静に見つめ直し、過度な期待や不安に流されることなく、着実な技術開発と対策を進めることの重要性を再認識させてくれます。
Quantum code breaking? You’d get further with an 8-bit computer, an abacus, and a dog
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